絶望するほど落ち込んでも「やらされ仕事」には戻りたくなかった

派遣という働き方

30時間ぶっ通しで調べ続けた夜

先日、ちょっとヤバいことがあった。

eBay輸出の新しい仕組みを作ろうとして、気づいたら30時間ぶっ通しで調査してた。

寝てない。食べてない。ずっとパソコンの前。

途中から頭がおかしくなってきて、「もう無理だ」「なんでこんなことやってるんだ」って思い始めた。

正直に言うと、一瞬「死にたい」って思った。

50代のおっさんが何やってんだろうって。派遣で働きながら副業して、こんな深夜に一人でパソコンに向かって。誰にも頼まれてないことを必死にやって。

それでも会社には戻りたくなかった

でもさ、不思議なことに気づいたんだよね。

そんな絶望的な気持ちになっても、会社勤めに戻りたいとは1ミリも思わなかった

「やらされ仕事」を1時間やるくらいなら、この苦しみのほうがマシだって本気で思った。

上司に言われたことをやる。決められた時間に出社する。やりたくない業務をこなす。

それが嫌すぎて、30時間の地獄のほうを選んでる自分がいた。

これって何なんだろうって考えた。

「自分で選んだ苦労」は違う

結局、同じ苦しみでも「自分で選んだかどうか」で全然違うんだよね。

誰かにやらされる1時間より、自分で決めた30時間のほうが耐えられる。

これ、理屈じゃないんだよ。体が勝手にそう反応する。

会社で8時間働くのは無理なのに、好きなことなら30時間できてしまう。効率とか関係ない。「自分ごと」かどうかが全てなんだと思う。

子供に勉強しろって言っても意味ない理由

そこでふと気づいたことがある。

俺、子供の頃に親から「勉強しろ」って言われても全然やらなかった。

でも好きなことは何時間でもやってた。

今の俺と同じじゃん。

親が「将来のためだから」って言っても響かない。先生が「テストで良い点を取れ」って言っても動かない。

それって当たり前なんだよ。「やらされ仕事」だから

大人になった今でも、やらされ仕事は1時間も耐えられない俺がいる。子供ならなおさらだよね。

本人の「やりたい」を見つけてあげること

だから思った。

子供に対して「勉強しろ」って闇雲に言うのは意味がない。

それより本人が何に興味を持っているか、何をやりたいと思っているかを見てあげるほうが大事なんじゃないかって。

俺だって50代になって、eBay輸出とかプログラミングとか、誰にも言われてないのに勝手に勉強してる。30時間ぶっ通しで調べられるくらいには。

これが学校の勉強だったら絶対無理。10分で逃げ出してた。

同じ「学ぶ」でも、自分ごとになった瞬間に別物になる。

鬱っぽくなっても得たもの

あの30時間は正直キツかった。もうやりたくない。

でも、おかげで大事なことに気づけた。

人間は「やらされること」には弱い。でも「やりたいこと」には異常に強い。

この差を理解しておくだけで、自分の生き方も、子供への接し方も変わる気がする。

50代のおっさんが深夜に鬱っぽくなりながら得た教訓。誰かの参考になれば嬉しい。